Magnet 21 「 Sex and the " Betty " 」












21. 「Sex and the " Betty "」 ― セックス・アンド・ザ・ " ベティ " (ベティと性事情) ― 





*冒頭部分がR18仕様に、その後も若干下ネタ系が続きます。コミカルなシーンではありますが、苦手な方はご注意下さい。



チェルシー  8:15 a.m.

月の美しい夜だった。柔らかな風が窓辺の白いカーテンを揺らし、彼女の身体の上をくすぐるように通り過ぎる。
彼女は裸のままで眠っていた。裸の理由……はどうでも良いことだが、とにかく、何故だか彼女は今、裸のままで気持ちよく眠っているところなのだ。
突然暗闇の中から男が現れ、ベッドの彼女に圧し掛かる。男は彼女をベッドに磔にしたかと思うと、甘く乱暴に彼女の唇を貪り始めた。
やがて唇から首すじへ、そして胸元へと男の唇が滑り落ちていく。

" あ…… "
思わず漏れる甘い声。彼女の全身を這う男の唇がやがて一番敏感な場所へ辿り着き、彼女は大きな声を上げて身体を仰け反らせた。
" いや、やめて……あっ! "
どうしてこんなことをするの? あなたは一体誰?
" 誰なの? やめ……"
抵抗の言葉を吐きながら、その実彼女は身体を仰け反らせ、男の髪を激しくかき乱している。
" ―――っ! "
呆気なく達した彼女の脚の間から、男が満足げに顔を上げた。
" Oh……Baby , It's you(ああ、ベイビー、あんただったのね)"
その言葉に男はニヤリ、と笑うと、再び彼女に覆い被さって唇を奪った。
" 愛してる、ベティ "
" あたしも愛してる……ミシェル "



……ミ……?



飛び起きようとして足がもつれた彼女はベッドから転がり落ちた。何故ならスウェット・パンツが両の足首に引っ掛かっていたからだ。
God ! ――誰かに見られている訳でもないのに、彼女は恥ずかしさにかーっと耳を熱くしながらそれを上に引き上げた。どうやら昨夜、自分を慰めている間に(彼女はそれを『ひとり遊び』と呼ぶ)、途中で力尽きて寝てしまったらしい。
それであんな夢を!? だけど何で相手がミシェルなのよっ!不毛すぎる!
たっぷりと睡眠を貪ったので、膀胱がぱんぱんだ。部屋を出た彼女はノックもせずにバスルームの扉を開け、その瞬間、石のように固まった。目の前に有り得ない程の高い位置から始まる、真ん丸できゅっと引き締まった、カフェ・オ・レ色の美しい双丘を見つけたからだ。

……ごくり。

「うわっ!」
「……」
「ちょっとベティ!ちゃんとノックしてよ!」
「……は?」
咄嗟にバスタオルを巻いて下半身を隠したミシェルが非難するようにベティを振り返る。
今度は思いの外厚みのある、まるでギリシャ彫刻のように美しい胸板が彼女の目に飛び込んで来たので、彼女は反射的にモジモジし始めた。
「漏れちゃうー」
「はいはい、僕が出ていけばいいんでしょ」
ミシェルがバスタオルを巻いた姿のまま、バスルームを彼女に譲るために扉を開けた。
共同生活にうんざりする瞬間のひとつでもある。
用を足している間もベティはぼうーっとしていた。何、あのお尻!男でもないのに、身体のどこかが天を向いておっ立ってしまいそうだ。
いや、きっとどこか勃起してる。間違いなく。
God ! あたしったらどんだけ欲求不満なのよ! しかも何でミシェル相手に!?
ゲイの男相手に欲情するほど餓えてるのかと思うと、自分が情けなくてしょうがない。
「……くっそー」


それからダイニング・ルームでコーヒーを飲みながらぼうっとしていると、無事にシャワーを浴び終えたミシェルが水を飲みにそこへ入って来た。今度こそちゃんと服を着ている。
夢の中の出来事と、その直後に見てしまった彼の裸とが混ざり合い、夢の中での彼の肌の感触を妙にリアルに思い出してしまって、居た堪れない気持ちになってしまった。
だから気まずくてミシェルの顔を見れないでいるのに、彼ときたら呑気な顔をして首から下げたタオルでごしごし、と髪の毛を拭いながらこんなことを言う。
「あ、そうだ。B、ラッセルからあさってならいいよ、って電話があったよ?」
「……んー」
「? 聞いてる?」
「……は? 明日でしょ?」
「あさってだってば。金曜の夜」
「金曜?解った」
「ネイキッド・ドレス*なんて着て行っちゃ駄目だからね、ベティ。彼、知的な雰囲気の女性の方が好みだよ」
ちぇ、見抜かれてたか。
「Oh , それは紹介する相手を間違えたね、ピノトー君」
「Non , non , 予想外のケミストリーを期待してるのさ」
「ね、ホントにあんた一緒に行かないつもり?今どきブラインド・デート*なんてダサくない?」
「Non , そんなことないでしょ。それに……」
「ん?」
「僕が一緒だと、うっかり本性が出て猛毒吐いちゃうでしょ? Honey B 」
「What ?」
「わはは」
つられて笑いながらテーブルの上の雑誌をミシェルに投げ付ける。その瞬間、さっきまでの気まずい思いが吹っ飛んで、少し気が軽くなった。

「そうだ、この間のキャスの取材、載るのは来月号だったよね?」
ミシェルが雑誌を拾いながら言う。
「うん」
「……ねえ、ベティ」
「んー?」
「もし……」
「うん?」
「もしも、さ」
「うん」
「……いや、何でもない」
「Wha ?」
「ごめん。忘れて」
「? ……いいけど」
言いかけといてやっぱり何でもないだなんて、何だかもにょっとするし納得いかなかったけれど、彼女はその思いをコーヒーと一緒にごくん、と飲み込んだ。
彼女だって彼に朝の夢のことはとても言えないわけだし、おあいこ、ってことにしておいた。






ミッドタウン・ノース  3:15 p.m. 

仕事の合間、ふっと顔を上げると、ミシェルの後ろ姿が彼女の目に何度も飛び込んで来る。
今まで何度となく目にしてきた彼の後ろ姿なのに、ついつい今日は彼のお尻にばかり目が行ってしまう。
ベティの視線を意識したわけじゃないだろうけれど、今日の彼はここのところお気に入りの、腰周りのぶかっとしたジョッパーズふうのパンツを穿いていた。だからお尻の形が目立つことはない。
けれど、不本意ながら、彼女の眼にはくっきりと中身が透けて見えてしまっている。同じく、シャツの中身も。
細身だと思っていた彼が、想像以上に筋肉質で男らしい身体つきだったのに驚いた。
随分着やせして見えてるってことよね?あんな細い腰つきであのお尻か。
……あのお尻に……あのキースが……ああ、いかんいかん。仕事中だよ、エリザベス。
ついつい妙な妄想が湧き、彼女はぶるぶると首を振った。やばい。
ちょうど暇な時間だったし、彼女は気分転換にコーヒーでも飲むことにした。

「エミ、カプチーノ頼むけど、どうする?」
「あ、飲みたい」
「Ok」

彼女は受話器を取り上げ、外線の短縮ボタンの3番を押そうとして一瞬躊躇い、受話器を置いて直接カフェへと出向くことにした。
ここのところ、どういうわけかポールが余りこちらを向いてくれないので、彼女は電話で注文することが多くなり、時にはこうして直接カフェに出向き、自分でマグカップをサロンに持ち帰ることも多くなった。
本来配達なんてしてくれる店じゃないのに、ポールの好意でそうしてくれていただけなので、スタッフが減ってここのところ忙しそうにしている彼にそれを頼むのは流石に気が引けた。
それに、あの視線の件があったから、ほんの少しの気まずさもあった。何より、ポール自身が彼女を避けるようになってしまったのだ。
最初は単純に忙しさのせいだろうと思ったけれど、どうやらそうでもなさそうだ。
と言うのも、ジェニーとか言う女の子が、ポールとベティが話をするのを憮然とした顔で見ていたり、ポールに頼んだカプチーノを、彼に代わって配達して来ることが増えたからだ。

ベティは以前から何となく彼女、ジェニーが苦手だった。彼女は会えば「ハイ、ベティ!」と笑顔で挨拶してくれるけれど、笑顔の裏に何かを隠し持っているような、そんなふうに思えてならなかったから。
それが何かはさっぱり解らないし、彼女にも上手く説明は出来ないのだけれど。
ただハイスクールの時に苦手だった女の子と何となく顔立ちやタイプが似ているような気がしたから、勝手に苦手意識を抱いてしまっているのかもしれない。
そうだとしたらジェニーには申し訳ないことだけれど、でもやっぱり彼女のベティに対する態度はどこか首を捻りたくなるもので、ついついそんなふうに思ってしまうのだ。


「カプチーノ2つ、1つはエスプレッソを1ショット追加でお願い」
笑顔で接客するジェニーと、彼女の後ろでカプチーノを入れる彼・ポール。
「サンクス、ポール。何だか最近、忙しそうね」
出来たカプチーノを彼から受け取る時に、ベティはそう彼に声をかけた。
「ごめんよ、ベティ。なかなか配達してあげられなくて」
「Oh , No no no ! いいのよ。忙しいのはいいことじゃない!あたしはどうせ暇だし……ははっ」
「……」
そこで彼女は、はた、と気が付いた。そうか。ポールがあの日、あんな顔であたしを見ていたのは、これからは今までのようにサービス出来なくなるから申し訳ない、ということだったのね?

こんな具合で、どこまでもおめでたい発想の彼女だった。
ジェニーがジロリ、と睨むように彼女を見ていたことにも気付かずに、トレイにマグカップを2つ乗せると、ベティは颯爽とサロンへと戻って行った。









アッパー・イースト  マディソン街   4:40 p.m.

先日までまだまだ春は遠いと思っていたら、突然の陽気に汗ばむ一日になった。
彼女は今、アッパーイーストのマディソン街から、自宅近くのオフィスへと帰る途中だ。
とあるセレクト・ショップが彼女のブランド「Louise(ルイーズ)」のアクセサリーを新たに扱ってくれることになったので、顔を出して来たところだ。
母の代のクラシカルなイメージは守りつつ、最近の流行りを意識したカジュアル・ラインを新たに打ち出してからというもの、ここ2年ほどで「Louise」は新興ブランドとして勢いを取り戻しつつあった。ブランドの若返りの成功、と言えるだろう。
当然、昔ながらの保守的な顧客からは一部反発もあった。ここのところ主流になっているファスト・ファッション*に迎合するようで、ブランドの価値が下がった、とまで言う客も居た。
勿論彼女にそんなつもりはない。今後も彼女が良いと思うものを送り出していくだけだ。

オフィスまでの道のりを散歩がてら歩いていると、バッグの中の携帯電話が鳴った。
ディスプレイを見ると、5番街南にある彼女のブランドのショップからだ。
とある客がキャサリン宛に贈り物を届けて来たのだと言う。
ご自宅に届けさせますか?と言う言葉に一瞬躊躇したが、今日のスケジュールは余りタイトなものではなかったので、今からそちらへ取りに行く、と告げて電話を切り、彼女は通りでキャブを拾った。
店に贈り物を届けた、ということは、おそらく顧客の誰かなのだろう。プライヴェイトな知り合いならば、直接自宅かオフィスに届ける筈だから。
ここのところ少し忙しくて店舗の様子もチェックしていないし、丁度いい機会だと思った。


彼女のブランド「Louise」は、ロックフェラー・センターの広場の向いにある高級デパートメント、サックス・フィフス・アヴェニューの1階にテナントを構えている。
母の代の頃には五番街に路面店を構えていたが、地価高騰でやむなく今の場所に移転した。
それでも賃料は馬鹿高いが、路面店の経営に必要なコスト(例えばガラスの清掃費用であるとか警備会社への費用など)を考えれば仕方がない。
フィリップがその費用は出すから路面店で続けるようにと言ってくれたが、彼に頼りたくはなかった。
彼の事業の傘下に収まれば、確かにもっと良い状況を望めるだろう。五番街どころか、パリのシャンゼリゼ通りに店を構えることだってきっと夢ではない。
けれど、自身のセカンド・ネームでもあるこの「Louise」は、例え規模は小さくともリヴィングストン家の誇りでもある。彼女はそれを自分自身の手で守り、育てて行きたいと強く願っている。

店に到着すると、数人の客がリングやネックレスを試着したり店員と話をしていた。そのため手の空いた人間が今は居ないようだったが、それは大変に喜ばしいことなので、彼女は経営者らしく、さっとディスプレイや店員の応対をチェックすることに没頭した。
イヤリングを見ていた一人の客が彼女に気付いたので、直接セールス・トークをして、結果、985ドルの売り上げに貢献することになった。
そして店員が彼女に渡した例の贈り物とは、花束と小さな紙袋だった。中はオフィスに戻ってから見ることにして、彼女はディスプレイで気に掛かった点と褒めるべき点を伝え、店を守る彼女らに激励の言葉を贈り、そしてようやく店を後にした。


オフィスに戻ると、ティナがキャサリンの留守中にあった電話のリストをいつものように彼女に手渡した。
それを見ながら椅子に腰掛け、デスクの上に受け取って来た贈り物を置き、中を確かめるために紙袋を開けた。
テープで口を塞いだ紙袋の中には、さらに小さな布製の袋が入っている。何の気なしにそれを摘み上げ、中身を取り出そうと口を開いた。
「!」
出てきたのは見覚えのあるカフ・リンク(カフス・ボタン)*。それもペアではなく、片方のみ。
彼女は息を飲んでそれを手のひらに乗せた。
これは確か彼女の母親のエリザベスが数年前、夫のバースデイに贈ったものではなかったか。
メッセージ・カードらしきものが添えられているはず、と彼女は花束と紙袋をごそごそ、と漁った。
カフ・リンクが入っていた布袋に小さな紙切れが入っているのを見つけた彼女は、恐る恐るそれを取り出した。

―――!?

" To  P " ―― そこには、たったそれだけの文字が記されている。
そしてべったりと添えられた、ピンク色のグロスの跡(キスマーク)。
次の瞬間、彼女は衝動的に花束をダスト・ボックスへと放り込んだ。