Love Note










喧嘩のあと、泣いた君の手を引いて、とぼとぼと公園を歩き続けた。

柔らかな日差しの中、金木犀の香りがふわりと僕たちを包んだとき、どこからともなく聞こえてくるピアノの音色に、君が足を止めた。

いつしか僕のほうが君に手を引かれ、ピアノの場所まで歩いていた。







……憶えてるかな、あの秋の日のこと。

今年もまた同じ金木犀の香りと、あのピアノの彼がそこにいる。




僕は少しだけ、いま、この瞬間、ここへ来てしまったことを悔やみ、そしてこの偶然の巡り合せに、身体中が震えるほど感謝していた。






……もう一度、君と一緒に、彼のピアノを聴きたかった。

胸の辺りとあの時繋いでいた左手が、じんじんと疼くような気がして、僕は慌ててその手をジーンズのポケットに突っ込んだ。

そこに入れていた携帯がぶるぶると震えていたのは、僕の手のせいだったのかもしれないけど、取り出した携帯のディスプレイを見た瞬間、世界が動きを止めた。



゛髪、切ったんだね。しゅうちゃんと一緒にまたこの曲が聴けて嬉しいよ ゛



振り返って、右を見て、左を見て、つんとすましたような鼻と、猫みたいな少し釣り上がった瞳の、僕の両腕にすっぽりと収まりの良い、懐かしい君の姿を探した。

ピアノの音が止み、代わりに人びとの拍手が秋の澄んだ空気を震わせる中、たったひとりだけ、僕のほうを向いて手を振る君が、視線の先にいた。












―――真冬は弾いてくれないかもね。外、寒いから。

そしたら春にまたあの公園、行ってみようよ。

うん……そうだね。





くすくすと笑う君の髪の毛に見つけた、金木犀の小さな花びら。

取ってあげたい気もしたけど、そうしたら魔法が解けて、君が腕の中から消えてしまいそうだから、そのままにしておいた。





帰宅して、一緒にWebで探して見つけた彼のピアノが今、ぐるぐると僕の頭の中で鳴り響いている。

ありがとう。

彼にそう言いたかった。

僕の中に生まれた、小さな後悔。





そうだ、明日、またあの公園行ってみようか。

君の返事はない。


いつの間にか規則正しい寝息を立て始めた唇から、ほんの少しだけ白い歯が覗いている。

僕は飽きることなく、それをおよそ一晩中眺め続け、明け方近くになってようやく意識を手放していた。







弾けもしないピアノを弾くように、僕の指が宙を舞っていた、と君から聞かされたのは、空腹で目が覚めた、お昼前になってのことだった。